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ベビー服の時期を過ぎても、 子どもの半ズボン姿をみることも少なくなりました。
わが国では明治時代に私立小学校の制服として伝来して以来、男の子の定番でした。
なつかしい半ズボン全盛時代のお話です。
1969年に『ケンちゃんシリーズ』の放映が始まる。この時期、少年向けドラマの主人公は、必ず半ズボン着用であった。
1970年に大阪万博を参観した当時小学校5年生の徳仁親王(現皇太子)も、デニム半ズボンを着用していた。これを受け、小学生男子を象徴する衣服の地位を獲得した。
半ズボンは、基本的には春から夏にかけての衣装であるが、半ズボン全盛期は冬も半ズボン姿で脚を露出していた男子児童を多く見られた。
制服または標準服の小学校のほとんどは冬も半ズボンを穿かせていた。
そのため、上はジャンバー・セーターにマフラーなど厚着なのに、下は半ズボンにハイソックスという格好の男子児童が半ズボン全盛期の冬場に多く見られた。
小学校を卒業すると半ズボンも卒業する者が多かったが、この時期は中学生男子向けの股下2-3センチの半ズボンも市販されていたので、中学生になっても半ズボンを着用する者もいた。
これは犯罪だが半ズボンを着用して小学生と偽り、子供料金で電車・バスに乗車する者もいた。
なお、30年にわたる半ズボン全盛期でも、前半と後半とでは趣が異なる。前半の半ズボンは、生地も薄いものだったが、1984年に厚手のデニム生地が投入された。イトーヨーカドー子供衣料仕入れ責任者は、デニム半ズボンとブランドハイソックスにチョッキを組み合わせれば、要人に献花するときの衣装になると言う。
また、半ズボンは立ったり座ったりするのに窮屈だとの批判は当初からあり、そういう子供のためにジョギングパンツが用意されたのも1984年頃である。
なお、半ズボンを着用する子供が多々扱われたのは、子供向け娯楽番組だけではない。大人向けの映画やドラマでも多く扱われ、婦人向け生活情報誌などでもグラビアの子供はほとんどが半ズボンを着用していた。また、子供向けの図鑑・教科書などの教材でも、挿絵・写真として登場する子供は男の子の場合たいてい半ズボンを着用していた。
なお、女児の場合は無論スカートだが、とりわけ小学校低学年以下の場合、しばしば短い丈が多かった。
半ズボン全盛期は、まだエアコンが充分に普及しておらず、当時の日本では、蒸し暑い夏を乗り切るために半ズボンが有効だった。
また、かつてのように外遊びが中心ならば、子供服に動きやすさが求められるが、現代の子供の遊びの在り方では機能性は必ずしも必須ではない。
1970年代には、既にバーミューダショーツタイプのズボンが現れていたが、爆発的な普及を見ることはなかった。
1980年代前半の「あばれはっちゃく」シリーズ。これら少年ドラマの主人公は必ず半ズボンを着用していた。両番組とも国際放映の作品であり、半ズボン文化が確立した背景では、同社が貢献している。
しかし、1985年9月の「あばれはっちゃく」シリーズの突然の打ち切りで、半ズボン・ヒーローは不在になった。国際放映も、少年ドラマをほとんど制作しなくなった。
ハーフパンツを着用する子供達は、半ズボン・ヒーローを知らない・それに興味が無い世代となる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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