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懐かしい銭湯も数は少なくなりましたが、現在はそれぞれ新しい経営が工夫がされて根強い人気があるようです。
庶民の文化としても大切にしたいものです。

銭湯のシンボルは大きな「ペンキ絵」と「タイル絵」でした。百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の記事からご紹介します。


ペンキ絵
男湯の浴室正面の壁面に広がる富士山を主体とした図柄は、日本の風呂文化の象徴でもあった。

「銭湯」と聞くと富士山の壁絵を思い浮かべる人は少なくないと思われる。
しかし正確には東日本、特に関東地方の銭湯に特有であり、西日本の銭湯では浴槽が浴室の中央に設置されることが多いこともあり、ペンキ絵を持つところはほとんど無い。

富士山のペンキ絵は、東京神田猿楽町にあった「キカイ湯」が発祥といわれる。

大正元年(1912年)に「キカイ湯」の主人が、画家の川越広四郎に壁画を依頼したのが始めで、これが評判となり、これに倣う銭湯が東京や東日本を中心に続出し、銭湯といえばペンキ絵という観念を生じるに至った。

女湯の浴室のペンキ絵は、富士山でなく、幼児や子供が喜ぶ汽車や自動車が描かれることが多かった。
現在、ペンキ絵の絵師は関東で5名を残すのみとなり後継者の存続が危ぶまれている。

ちなみに平成18年(2006年)5月に閉館した交通博物館のパノラマ模型運転コーナーの背景壁絵のリニューアルの際(平成14年・2002年)にも、銭湯のペンキ絵の絵師によって、富士山などを主体とした山々が連なるペンキ絵が描かれた。

タイル絵
タイルに絵付けし焼成したものをタイル絵という。

全国的にみられるタイル絵は、伝統の九谷焼で戦前より石川県金沢の「鈴栄堂」という窯元が全国に広めたものである。
図柄は主に「宝船」や「鯉の瀧昇り」、「七福神」などおめでたく華美なものがほとんどを占める。

高級でもあったため、設備資金にゆとりがあり集客の多い市街地の銭湯に多くみられた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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